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こんにちは。
9月の第3月曜日は敬老の日ですね。
今年は9月17日月曜日です。
『敬老の日』とは、昭和40年、社会に貢献してきた高齢者を敬い、長寿を祝うという趣旨で制定された国民の祝日です。
当時は孫が幼稚園や学校で作成した絵や手紙を送ったり、老人会でお祝いをする程度だったようです。
もちろん家庭でも好物を作ったりして、普段照れくさくて言えない敬愛の気持ちを伝えたりしていました。
私も保育園で葉書をしたため、近くのポストまで一列に並んで投函しに行った記憶があります。
いま思えばあれは『手紙を書いて切手を貼りポストに投函』という教育と、祖父母を大切にする気持ちを育む教育を兼ねていたのかもしれませんね。
時代と共に家族の在り方も変化してきましたが、高齢の両親、義理の両親、祖父、祖母、義理の祖父母へ『労り』や『ありがとうの気持ち』を伝えられる日は大切にしたいと思います。
とはいうものの、現実はなかなかシビアで、贈り物のことで悩んだり揉めたりすることも珍しくありません。
贈る側も贈られる側も十人十色ですもんね…
今回、母の90歳の友人や、70代の知人とそんな話をする機会があったのでご紹介します。
関連記事 敬老の日の意味や由来って?何歳からお祝いする?何もしないのはあり?
敬老の日のプレゼント喜ばれるものを贈るのは難しい
喜ぶ顔が見たいと思ってあれこれ考え悩むのですが、本当に喜んでもらうとなると、なかなか越えられないハードルがあるようです。
プレゼントを贈る、その行為自体は喜ばれるのですが、贈った品物についてはシビアな反応も少なくありません。
贈る側からすると
・お祝いして貰えるだけで、ありがたいはず・嬉しいはず
と思ってしまいがちですが、受け取る側にもそうせずにはいられない思いがあるんですよね、きっと。
とはいえ、世間話の中で私もこういう会話をしていると、良い反応をいただけないときには
・気に入らなくても黙って受け取ってくれればいいのに
・大事なのは気持ちだから品物に文句を言うのはおかしい
・使わなければ内緒で誰かに上げてくれればいいのに
・…
などなど、思ってしまうのは共通項で、義理の親、実の親に限らず同じなんだ~と、少しほっとしました(苦笑)
みなさん背景が違うので一括りには出来ませんが、多かれ少なかれ頭を悩ませているのですね。
でもこれは仕方の無いことかもしれません。
誰かに譲るにしても簡単でないこともあります。
すでに車に乗を手放していたり、公共交通機関が充実していてもお互い足や体が悪くて会えないなど、若い世代には考えられないこともあります。宅配を頼んでまで譲ろうとも思いませんし。
また、高齢になると思いもよらないことが苦痛になってきます。それは私自身も母と一緒に暮らしていて感じています。こんな風に衰えていくんだな、と。
たかがプレゼント。
でも、そのプレゼントでお互いの気持ちが通じ合えば、離れていても近くにいても、豊かな家族の絆を深める有効な手段のひとつになると思います。
まあ、一筋縄にはいかない難しい場合もあります。
お互いの関係にもよりますから、そこは臨機応変に対応していければいいですね。
祖父母世代に聞いた、貰って嬉しいプレゼント
90歳、女性、一人暮らし
母の友人であるこの方は、人のお世話をするのが好きな一人暮らしのおばあちゃんです。
子供や近くに住んでいて、孫やひ孫も頻繁に訪問されています。定期的に旅行や食事会も行っているようです。
なぜ同居していないのかは分かりませんが、とにかく毎日忙しく賑やかに暮らしておられます。
そしてこのお婆ちゃんが嬉しそうに話すのは孫やひ孫のこと。学校での様子や習い事、興味を持っていることなど、本人から聞いた話や、母親(孫)や祖母(娘)の話です。
まさか、ひ孫の成長を見守れるとは思っていなくて、できれば成人式か結婚を見届けたいと思っているそうです。
また離れて暮らす子供からは、この辺り(田舎なの)では売ってないような洒落た衣類やバックが送られてきます。私たちが素敵だなと思うと大抵『子供が送ってくれたの♪』と素直に喜んで身に付けておられます。
とにかく彼女は、若い人から頼りにされることを喜んでいます。
年齢からは考えられないくらい丈夫でしっかりしているので、子守や料理などを今でも頼まれているのです。
もちろん、出来ること出来ないことを見極めた上で頼んでいるのでしょう。
でも彼女が頼りになるの確かで、ご家族は高齢者の見守半分とあとの半分は本当に助けてもらっているようです。
このことが、彼女への何よりのプレゼントになっています。
60代後半の女性、夫婦2人暮らし
この方は、近所に長男夫婦が住んでいて、親子関係も良好でよく行き来しています。運動部で頑張っているお孫さんを応援しています。
大きな不満はないそうですが、お孫さんの部活の試合などに呼んでくれないことが淋しいそうです。
いつも事後報告で、試合を撮った動画をくれるそうですが、操作方法が分からない(覚えられない)から見られないと笑いながらぼやいていました。
どうせなら試合観戦に誘ってくれればいいのに、そうしたら喜んで応援しに行くのにと話していました。
彼女が欲しいのは孫の動画ではなく、孫がスポーツを頑張っている姿を見る機会なのです。
70代前半、女性、夫婦2人暮らし
こちらは娘夫婦が町内の歩いて数分のところに住んでいます。
共働きで、お孫さんが小さい頃はずっと預かっていました。小学校に入ってからも低学年のうちは祖父母の家に来ていて、お昼ご飯・おやつ・夕ご飯と食べさせていたそうです。
そのことはいいのですが、食費が祖父母持ちで大変だとぼやいていました。娘からすると孫の面倒見られるから嬉しいでしょ、と考えている節があり、一円も貰ったことがないそうです。
娘さんと年が近い私は、だったら少し出して貰えばいいのにと思うのですが、それは言えないできないの一点張りでした。
その他にも、娘家族にご飯を作っても『美味しい』も『ありがとう』もないのが腹立たしいんだそうです。
これも『味どうだった?美味しかった?』と聞けばいいと思うのですが、どうしても言えないみたいです。
親子関係は悪くないみたいなのに、他人には分からない何かががあるのでしょう。
彼女はハッキリとは言いませんが、お金と労り、感謝の言葉が欲しいようでした。
喜ばれるプレゼント
こうしてみると、彼女達が喜ぶプレゼントは、物ではなく気持ちを現す言葉やかかわりなのですね。
第一線を退いているからこそ、誰かのために働きたい、頼りにされたい、必要とされたいのかもしれません。
でも私達は忙しさに追われ、ついつい疎遠になりがちです。
そこには親だから祖父母だか大丈夫だろうという甘えもあって、自分ではそんなつもりはなくても、淋しい気持ちを抱かせているのかもしれません。
人はそれぞれですが、今回話を聞いてみて、日常のコミュニケーションが何よりのプレゼントではないか?と感じました。
会話を心がけたり、離れているなら電話や手紙、メールなどいくらでも遣り取りする方法はありますものね。
貰って嬉しいプレゼント まとめ
こうしてみると、家族のかかわり方についての話が主役になってしまいました。
でも当然、品物が欲しいという人もいらっしゃると思います。そういう場合は希望に添うようにしてあげたいですね。
今回、彼女達の話を聞いて、一番大事なのは『敬老の日』を特別視しないことだと感じました。でも、それが難しいから品物を探すのかもしれません。
家族や他人もお年寄りをいたわり、人生の先輩として尊敬の気持ちを持って接していければと思います。
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